国語の授業

2、3日前に、テレビで元夜間中学の国語教師として長年指導して来られた方の番組を観た。

戦時中、戦後の荒廃した時代に思春期を過ごされ勉強する機会もなく働いてきた方々へ何十年もの間、国語を教えてきたという。見た感じはとても優しいお爺さん。でも当時の夜間中学の生徒さん方の話になると、顔が変わる。熱い情熱を胸に抱き、目には涙を浮かべながら話しをされていた。

生徒に集まった方々は漢字が読めなかった。ひらがなも読めない方もいた。計算もできない。名前も住所も書けない。看板も読めない。仕事の指示書もさっぱりわけがからかない。請求書や給料の計算もできない。だからいつも他の人よりダメな自分…という思いを抱いて生きていたと話す先生。生徒の皆さんは生きるために学びに来ていた。そんな方々への国語の授業。朝から夕方までしっかり働いた後の勉強だから疲れているのに生徒全員のまなざしは真剣だった。

先生は何をどう教えたらいいか悩んだ。経験の中から作り上げた教材は、ほとんどが手作り。漢字は基本漢字、学校編、生活編など様々な場面に登場する漢字を集めたもの。だから学んだ事がすぐ生活の中で生かされてくる。

「先生、看板の字が読めたよ。」

目を輝かせながら報告する生徒達。

読める字が増えると共にできる事が増えて行く。学ぶ側は学ぶ喜びと分かる喜びで毎日が輝きだす。できない…から、…できるという実体験を積み重ね、一人一人が成長していく姿を通して先生も感動する。

つづく
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by growinghearts | 2006-11-17 22:22 | ひとり言